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遅刻と集りは殺人と同じである

【遅刻が大嫌い】

私は遅刻が大嫌いです。

もちろん不可抗力もありますので、待ち合わせに相手が数分遅れてきたくらいでは怒りませんし、時々遅れてくるくらいなら何も言いませんが、大した理由もなく毎回毎回遅刻をしてくる人やそれを何とも思わない人とは付き合いを控えます。


私自身は数分の遅刻もしたくないですし、人を待たせるのも好きではありません。
たとえば待ち合わせが13時だったとして、12時55分に到着したらもう相手が待っていた、なんてシチュエーションでさえあまり好きではないのです…。

なぜここまで時間に厳密かということを一度突き詰めて考えたことがあります。
そのときに出した結論は、時間とお金と命は等価だから、ということです。


【お金=時間=命】

お金をメインのテーマにしているブログを書いているということからも分かるように、私はお金が大好きです。
お金が好きだなんて下品だとか汚いと思われるかも知れませんが、あまり気にしません。

だって、お金ないと生きていけないでしょ。
面と向かって非難されたことはありませんが、もしされたら、あなたはお金が要らないのですか?だったらお金が大好きで下品で汚くて可哀相な私に全部くださいと言いたい(笑)

そのお金をどうやって手に入れるか。

私も含めごく平均的な日本人は、お金を稼ぐために仕事をします。
会社員であれアルバイトであれ自営業であれ、働いた対価としてお金をもらいます。
時給なり月給なり年俸なり色々と体系はあると思いますが、1時間、1ヵ月、1年という時間をかけて働いた結果がお金なのです。

すなわちお金と時間は等価であると言えます。

次に時間です。
どんな人間にとっても時間は有限です。残念ながら生まれてすぐに死んでしまうこともあれば100年以上生きることもあります。
今のところ不老不死の技術は実現されていないため、長いか短いかの違いはあれど人に与えられた時間は有限であるということに変わりはありません。

つまりその人に与えられた時間は命と等価です。

ですから、お金と時間と命は同じと言えます。


【時間やお金を奪う行為は殺人と同じである】

お金と時間と命が同じであるなら、人のお金を奪う人、人の時間を奪う人は、ちょっとずつ相手の命を奪っていっているのと同じなのです。

毎回毎回遅刻をして悪びれもせずにいる人やすぐに人に集ってくる人と付き合うことは、極論すれば命を少しずつ奪われている状態と言っていいでしょう。

そして、そういう人は大抵無自覚です。人の命を奪っていると思ったら遅刻や集りなんて普通の人はできません。

無自覚というのは「悪気がない」ということです。悪気がないというのは言い訳としてよく使われますが、ハッキリ言って悪気があるよりはるかに厄介なのです。

悪気がなければ罪を自覚することもないでしょうし、他人に指摘されれば逆切れする可能性もあります。「悪気はなかったんだ」とすぐ言う人はまわりの人がどんどん自分から離れていって全てを失って一人ぼっちになるまでその罪に気付くことはないでしょう。

それも、気付けばまだマシです。一人ぼっちになってなお「自分には悪気がないのになぜ離れていくんだ。悪いのはまわりの奴等だ!」と人のせいにして生きていくのです。実際そういう人を知っています。



【疑問に思ったらダラダラと付き合いを続けない】

誰でもまわりに一人や二人いるんじゃないでしょうか。遅刻癖のある人や集り癖のあるがめつい人。
不満に思いつつもダラダラと付き合いを続けてしまうこともあると思います。

でも、少しずつ自分の命を奪われているとしたら、不満を隠しながらでも付き合いを続けたいと思いますか?
付き合いを続けたいのなら、一度指摘してみるといいかもしれません。そこで気が付いて素直に反省し改善できる人ならお互いに万歳です。

そこで逆切れしてくる人なら…もうどうするのが良いか分かりますよね。



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